竜 宮 神 社 と 浦 島 神 社        np - 48

                                       J a x a レポート よ り

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      リュウグウ 下見シリーズ第4回 は  愛 知 県 知 多 半 島  の  武 豊 町   ご 案 内 します。

   知 多 には 竜 宮 神 社 と 浦 島 神 社 があると聞き,これは行かないわけにはいかないとばかりに,ある冬の朝訪れました.

   最寄り は 名 鉄 富 貴 駅.名 古 屋 から 名 鉄 線 で45分ほどのところにあります.

      徒歩10分ほどのところに..ありました,  竜 宮 神 社


       


       


       

                                乙 姫 橋

       

                                  浦 島 神 社

       

                         知 里 府 府 神 社

       実 は この 神 社 のどこかに,玉 手 箱 があるのだそうです.とても 大 切 にされている 社 宝 だそうで,

       中 を 見 た 者 は 地 元 でもほとんどいないのだそう.リュウグウ の 星 のかけらだったりして.



       

                         最 後 に 見 た の は 亀 の 墓

       



          津 島 半 島 に あ る 竜 宮 神 社


                 


          薩 摩 半 島 の 最 南 端 ・ 長 崎 鼻 に 位 置 する 神 社 。長 﨑 鼻 は 浦 島 太 郎 伝 説 発 祥 の 地 とも 言われ、

          別名 「 竜 宮 岬 」 とも 呼ばれる 。 近 く の 砂 浜 に は ウ ミ ガ メ が 産 卵 のために 上 陸 し、

          浦 島 太 郎 伝 説 になぞらえて 海 の 守 り 神 として 大 切 にされている。。

          その 長 﨑 鼻 に 鎮 座 する 竜 宮 神 社 には、豊 玉 姫 が 祀 ら れ て いる。

          縁 結 び にご 利 益 があるとして 人 気 の ス ポ ッ ト。
  
          長 﨑 鼻 を 一 望 でき、 海 越 しに 眺 め る 開 聞 岳 も 美しく、風 景 も 満 喫 できる


          お 伽 話   浦 島 太 郎


             

    

       浦 島 太 郎 (うらしまたろう) は、 日 本 伽 話 (おとぎばなし)、およびその 伽 話 内 の 主 人 公 名。

  一般 に 知られる あらすじでは、亀 を 助けた 報 恩 として 海 中 ( 海 の 果 て ) に 連れてゆかれ ( 伝 承 によっては

  遭 難 して流れ着いた 乙 姫 を 舟 で 送り届け)、乙 姫 の 饗 応 を 受ける 龍 宮 譚 で、浦 島 太 郎 が、

  開けてはならない 玉 手 箱 を 渡されて 帰 郷 を許されるが、箱 を 開けてしまい、白 髪 の 老 人に 化する というものである。

  浦 島 子 伝 説 が 原 話 とされ、上代 の 文献 (『日本書紀』、『万葉集』、『丹波国風土記逸文』)にその記録が残る。

  それらは、名称や設定が異なり、報 恩 の 要 素 も 欠け、行き先は 「 竜 宮 」ではなく 「 蓬 莱 とこよのくに)」なので、

   異 郷 淹 留 譚 ( 仙境淹留譚) に 分 類 される。

    日本各地には、浦島太郎 が 居たと 伝える 伝 承 や 縁 起 譚 があり、浦 島 の 名 の 出ない 類 話 も 存 在 する。


  

      唱歌[編集]

  文 部 省 唱 歌 「 浦 島 太 郎 」 は、1900年 の 『 幼 年 唱 歌 』 に 掲 載 された「うらしまたろう」

  (作詞 ・ 石原和三郎、作曲 ・ 田村虎蔵)と、1911年の『尋常小学唱歌』に掲載された「浦島太郎」(作詞・乙骨三郎、作曲者不明)とがある。

  「 昔 々 浦 島 は 助けた 亀 に 連れられて 」 で 始まる歌 は、『 尋 常 小 学 唱 歌 』 の 「 浦 島 太 郎 」 である。


    浦 島 太 郎   歌 詞  曲

  昔 々 浦 島 は 助けた 亀 に 連れられて   竜宮城に 来て見れば 絵にも描けない 美しさ
     

     1  むかしむかし浦島は           2   助けた亀に連れられて
       龍宮城へ来て見れば             鯛やひらめの舞踊り
       絵にもかけない美しさ              ただ珍しく面白く      月日のたつのも夢のうち

     3 遊びにあきて気がついて         4  帰って見れば こはいかに
       おいとまごいも そこそこに           元居た家も村も無く
       帰る途中の楽しみは              みちに行きあう人々は
       みやげにもらった玉手箱            顔も知らない者ばかり

     5 心細さに蓋取れば
       あけて悔しき玉手箱
       中からぱっと白けむり
       たちまち太郎はおじいさん

          浦 島 太 郎 伝 説 が 残 る 香 川 県 三 豊 市 の 浦 島 太 郎 像


              

       御伽文庫[編集]

   御伽文庫の稿本の原文は、「昔丹後の國に浦島といふもの侍りしに、其の子に浦島太郎と申して、

   年のよはひ二十四五の男ありけり」と始まる[31][32]

丹後の国に浦島という者がおり、その息子で、浦島太郎という、年の頃24、5の男がいた。
太郎は漁師をして両親を養っていたが、ある日「ゑじまが磯」というところで亀を釣りあげ、
「亀は万年と言うのにここで殺してしまうのはかわいそうだ。 恩を忘れるなよ」と逃がしてやった。
数日後、一人の女人が舟で浜に辿り着き、漂着したと称して、なんとか本国に連れ帰してくれと請願する。
実はこれは逃がしてもらった亀の化身であった[注 11]。二人が舟で龍宮城に到着すると、女性は太郎と夫婦になろうと言い出す
。龍宮城は、東西南北の戸を開けると四季の草木と眺めがみえるように作られていた。
ここで共に三年暮す頃、太郎は残してきた両親が心配になり帰りたいと申し出た。姫は自分が助けられた亀であったことを明かし、開けることを禁じたうえで「かたみの筥(はこ)」(または「箱」、挿入歌では「玉手箱あけて悔しき」と詠まれる[注 12])を手渡した。太郎は元の浜に着き、老人に浦島(太郎の父)の行方を尋ねるが、それは七百年も昔の人で、近くにある古い塚がその墓だと教えられる。
龍宮城の三年の間に、地上では七百年もの年月が経っていたのであった。絶望した太郎が箱を開けると、三筋の紫の雲が立ち昇り、太郎はたちまち老人になった。太郎はになり蓬莱山へ向かって飛び去った。同時に乙姫も亀になって蓬莱山へ向かった。
丹後では太郎と乙姫は夫婦の明神となって祀られた[33]

    一説に、ここから「亀は万年の齢を経、鶴は千代をや重ぬらん」と謡う能楽鶴亀』などに受け継がれ、

    さらに、鶴 亀を縁起物とする習俗       がひろがったとする[要出典]

   『御伽草子』では 竜宮城 は海中ではなく、島か大陸にあるように描写され、絵巻や絵本の挿絵もそうなっている。

   春の庭、夏の庭、秋の庭、  冬の庭の話はメインストーリーの付け足し程度に書かれている。


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