南 氷 洋 捕 鯨 船 団 に 随 行 して

s - 70

無線機器製造メーカー に勤務していた当時、会社から派遣されて 無線機器全般 の保守員として 南 氷 洋 への

捕 鯨 船 団 に 随 行 しました。
 今から 54年 も 前 のことです。

当時は世界 の 漁業国 で 、捕 鯨 オリンピック と言ってあらそって を 捕 り まくりました。

日 本 からは 日本水産 、大洋漁業等 確 か 7 船 団 がくりだしました。

    私は 日本水産第 2 図 南 丸 船 団 でした。



  昭和 35 年 11月 始めに 神戸港 を 出 港
 
       約半年間 の 海 の上 での 生 活 が 始まる

    神 戸 港 出 港 のときは 神戸市  が  歓 送  してくれました。

      
       
       会 社 の 方 々 の 見 送 り               当 時 27 才 独 身

         

         神戸市 、 各会社 関係者 、 家 族 の 歓 送 風 景

  岸 壁 では 鼓笛隊 の 演奏、海 の上では 消 防 船 が 放水して噴水 をあげてくれる。

  家 族 の方、会社関係 の方、業者、官庁関係 の 方々 等 大勢 の人々 に見送られ

  テープ が 飛び交う なかでの 出 港 でした。

  船 は 神戸港 を 出港 して 約 1ケ月 で 南氷洋の漁場 に着く、漁 場4ケ月 ほど 操 業 して帰る  また 1ケ月



  第 2  図 南 丸 船 団  の 構 成


         船 団 は 母 船 を 中心 に 大、小  20 艘 くらい

    母 船 ( 2万 トン ) 

     船 団 長 小副川 十郎 ( 後 の 日本水産 社長 ) 以下 スタッフ 、鯨解体 作業員 約 200 名     

の 解体加工設備 を有する 。 捕獲 した 鯨 を 解体用 の 甲 板 に上げる スリップウェー
クロー ( 鯨の尾を掴む装置。尾羽はさみ ) と呼ばれる専用設備 がある。解体作業 の 他に 鯨 油 の製造設備を
持つものは 捕鯨工船 とも呼ばれ、かつては、クワナー・ボイラーやハートマン・ボイラーに代表される蒸気式の
大規模な 鯨 油 採取設備 を 搭 載 した。 ミール・プラントと呼ばれる 飼料肥料用製造設備や
船 団 への 補給設備 を有する 場合 もある。

      私 は 士 官 級 扱いで 小さな 個 室 を 与えられておりました。

       

    母 船 船尾 の 四角い窓、穴 は 捕 獲 した を 甲 板 に引き上げる スリップウエイ です


           

          大きな なぎなた 鯨 の 皮 を 切 り ウインチ剥 ぎ 取 り ます


     槽 船  各 船 に 補 給 する  ( オイル タンク )    

捕鯨工船 で 生産された 鯨 油 を 輸送するための 船 で、タンカーの一種。往路 では 重油 や ディーゼル油 を 搭載して
船 団 を 構成する 各 船 への 補給 を行い、復路 では 生産した 鯨油 を 積載する 例が多い。
また、食料 や 各種生活物資 を 搭載 した 船 団 への 補給船 としても 用いられた。
           
   
                 母 船 に 随 行 する 油 槽 船

    冷 凍 工 船  母 船 で 解 体 された 鯨 肉 を 加工 して ダンボール箱 に詰めて 冷 凍 する 


    キャッチャーボート     
を 捕獲 するために ロープ付き の を撃ち出す 捕 鯨 砲 を 搭載 し、直接の 捕 獲 に当たる船。
高い マスト に 見張り台 を備え、第二次世界大戦後になると探鯨用に ソナー を装備する 船 が多くなった。
捕鯨砲 が 据えられた 船首 は、航洋性 を 高めるために 高い船首楼 になっている 設計が多く、
しばしば 「ガンナーズ・ブリッジ(砲手橋)」 と称する キャットウォーク (橋の様な細い通路)で船橋と繋がれている。
船員 には 鉄 砲 船 とも呼ばれた。

           

     25 番船 名 砲 手 捕獲数 最 多       母 船 から 物 資 補 給     氷 の 海を走る キャッチャーボート


    曳 鯨 船  

  捕 獲 後 に ( 沈まないように ) 空 気 を 充填したり ラジオ ブイ を付けたりした を、母 船 まで 曳 航 する


    運 搬 船  操業期間中 に 内 地 から オイル や 諸生活物資 を 補 給 運 搬する



  
往 路 、漁 場 へ 着くまでの 船 の上 での  生 活


  母 船 には スタッフ の外 、作業員 が 約 200名 おりました。漁具の手入れ や 整理 の日々

  私は 各メーカー から依頼された 機器の取り扱い説明書 をめくる 日 々 、また には甲板設営された 銀 幕 で 映画 を見る。

  持ち込まれた 古い映画フィルム 映 写 技 師 となります。

  漁 場 に着くまでには 暴 風 圏 を通過せねばなりません。 は 白 波 がたち 大荒れ 2万 トン級 の 母 船 でも 大きく ゆれる

  キャッチャーボート木の葉 のように 揺れて おりました。

  また 赤 道 を 通過する際は 赤 道 際 がおこなわれ甲板上で 運 動 会 して 楽しみました。

      夕 食 こには お 酒 も出て ご馳走を沢山 いただきました。



     

        ゴ ル フ            へんな 西 瓜 割 り       若 い  懐 かしい 写 真  だ

   船 では 規 律 が 厳しく 階 層 が はっきり しておりました。 最上階は サロン といって トップクラス

   船 団 長 ( 操業の最高指揮官 ) 、船 長 、一等航海士 、機関長 、通信長 (無線局長) 、ドクター (医務室長)

   気象士 (操業のため海上での気象解析が重要) 、 パーサー (事務長)


   その下の 階 が スタッフクラス 士 官 級   私もこのクラスにおりました。

   その下の 階 が 作業員部屋  バス、トイレ、食堂 みな分かれて ります。




  いざ 漁 場 に 到 着 鯨 捕 り の 戦 争 がはじまります


   最 初 は マッコウクジラ   母 船 に 引き上げられて 切 きざなれ ボイル して 鯨 油 をとる。

   マッコウクジラ の 鯨 油潤 滑 性 が 優れており 昔 は これにまさる 機 械 油 はなかったという。

   特 に 、凍 り に く い ため 航 空 機 にはなくてはならないものであったといいます


   マッコウクジラ の お 腹 には 大王イカ と言って 大きな イ カ の 化け物 が 鵜 呑 み にされていました。

   足 の 太 さ 約 20 センチ体 長8 メートル 。     まずは びっくり



     マッコウクジラ の 時 期 には 夜 空 に  オーロラ  が きれいにみえました


           
 
                  こ の 画 像 は  N H K  スペシャル より


     左 の 画 像  深 海 より 吊り上げられた 大 王 イ カ


     中 の 画 像    大王イカ は 足 に 貝 殻 の ような 硬 い 吸 盤 を 持って おります
 
             マッコウクジラ に 捉えられた とき 大 王 イ カ は 必 死 に マッコウクジラ に 抵 抗 する

             画 像 は マッコウクジラ体 皮  大 王 イ カ  の  吸 盤 傷 跡


     右 の 画 像  マッコウクジラ を 食いちぎられた 大 王 イ カ



   ●   ク ジ ラ の 主 食 

           マッコウクジラ は 大 王 イ カ           青 イ カ


          

               体 長 8 メートル           体 長 4 メートル


            シロナガスクジラ は オキアミ  ときには イ ワ シ も 食べる という


        

   オキアミ 体長 約 10 センチ    南極大陸 の が解けた際に大発生   クジラ の  オキアミ の
                   こ の 画 像 は N H K スペシャル よ り


   マッコウ クジラ

      

     オス メス つ が い で 泳 遊     大きさ を 人 間 と 比 較      尾 鰭  (オヒレ)

       マッコウクジラ の オ ス は  体 長  20 m  体 重  50 トン 鋭 い を 持つ 最 大 の

           メ ス の 大きさ は オ ス の 半 分 くらいという

       マッコウクジラ の 主食は  大 王 イ カ   青 イ カ です



          イ カ  について 調 ら べ て みました


      イ カ は 450 種 類 もあるという、その中で 人 間 が 食べるのは 100 種 類 ていどだそうです。 

       3 センチ ほどの 小さい ホタル イカ から 8 メートル もある 大 王 イ カ   最大 20 メートル


      
日 本  世 界 第 一  イ カ   消 費     もっとも 多 く 食べる のは ス ル メ  イ カ

      世 界
で 一年間 に 捕 獲 する イ カ150トン その 半 分 を 日 本 消 費 するという

      
世 界 中マッコウクジラ が 食べる イ カ の 総 量 は 9 千万 トン2 億 トン と 推 定 されております。

      
人 間 の 消 費 する 70 倍 にもりますが、マッコウクジラ の 食べるのは 大 型 イ カ で人 間 は食べない

               
共 存 できている という

          
マッコウクジラ の おかげ で イ カ に 関する 知 識 がえられました


               
     
     海 中ホタル のように 光 る 小さな イ カ         スルメ イカ          ヤ リ イカ


                          

                       テカギ イ カ  18 p


                     

       ソデイ イ カ  食 用 で 最 大  数十 キロ もあります   イ カ   丸 焼 き


           

                      富 山 湾 付近 で 釣れる そうです

   
             
 
                    へ ん な   コ ウ イ カ    グロテスク


   ●  イ カ  日 本 食 料 理

             

          イ カ の 丸 焼 き     イ カ  そ う め ん        イ カ すみ 炒 め

             

      いか と 大根     里 芋      えんどう    えび と 塩 炒め   豆 腐



   シロナガス クジラ

現存 する 最大動 物 種 である[1]だけでなく、かつて地球上に存在した確認されている限りの恐竜動物を含めても、

あらゆる既知の 動 物 の 中で 最大の種 であり、記 録 では 体長 34 メートル のものまで確認されている。

長 身 であることを指して、江戸時代 には ナガスクジラ とともに 「長 須 鯨 」と呼ばれた。 「白」を冠した現在の和名は、

浮かび上が る 際 に 水 上 からは 白く 見えることに 由来 する。

英 語では一般に blue whaleブルー・ホエール) と 呼ぶが、腹 側 に付着した珪藻によって黄色味を帯びて見えることから

   sulphur bottom
(「硫黄色の腹」)の 異 称 もある。

          

     泳 遊 する シロナガスクジラ 大きさ を 人 間 と 比 較  潜 水 するときの 尾 鰭 ( オヒレ)

           

        実 物 大模 型 上野 国立科学 博物館  シロナガスクジラ 骨 格 Calf 大

          

                母 船  の 甲 板 で 解 体 される シロナガスクジラ


      本格的 な シロナガス の 時 期 になると いわゆる 白 夜 といって の 時 間 になっても

       ちょっと 薄 暗 く なったかなと 思うと す 明 る く なって しまいます。

    シロナガスクジラ大 群 を 見つけた には 12 鯵キャッチャーボート何 十 も 捕 り まくります

    キャッチャーボート 鯨 を 撃 ち捕 る 専 門 の 船  700 〜 800 トン

    綱 つ きモ リ を 打ち込ん で に 引 き 寄せる。 撃 ち 捕 られた は お腹 に エ ア ー を 吹 込 み

    ラジブイ 発 信 機 を 取り付けて に 浮かせて おきます 、 は次 のを 捕りに 走 る。

    この にうかんだ は 拾い集めて 母 船 に 運ぶ専門 の があります.

    
 発 信 器 からは どの船 が 何番目に捕った という信 号 を 発 信 している.

    
この 信 号 たよりに 方 向 探 知 器 で 浮かん でいるところまで いって ひろう.

     
キャッチャ−ボ−トでは なんと言っても 砲 手腕 前勝 負 がきまります.

     
の 撃ち方 、水 面 に 出した 瞬 間 を 狙う のだそうです.

     これが 非 常 に むつかしい とのことです.

     一度 撃ち損なう と 潜ってしまい 次 に 浮かんでくるのに 相 当 時 間 がかかります.

     
一 発 必 中効 率 よい.一日 に シロナガスクジラ 15 頭 も 撃 ち 捕 る 砲 手 もおります

      ある 会社 の
名砲手 が 業 績 を 評 価 されて 取 締 役 になった . と 聞 いた ことがあります.


  母 船  撃ち 捕られた 鯨 を 引 き 上 げ 解 体 作 業 をおこなう    2万トン 級

   会 社 スタッフ このほか 
約 200 名 の 作業員 主に 日本海 山陰方面 からの 季節 労働者 

      殆ど毎年決まった人

   マッコウクジラ は 解 体 して ボイル して 鯨 油 にする.     

   シロナガスクジラ は 解 体 して 写 真 に 見るような 大きな 肉の塊 として 冷凍船 に 引 き 渡 す

   シロナガスクジラ は
 体長 30 メ−トル くらいありましょうか 大きな 長刀.なぎなた で

   お 腹 を 開くと トラック に 何 杯 もの オキアミ 、えびらしき ものが ほど でてきます.

   新 鮮 な
くるまえび のようで 食べられ そうです.昔 たれかが 食べた そうてすが 一 発 で

  
 下 痢 をした そうです.

   鯨唾 液 がまわっているからだ そうです. これは に ながす.

   
牡 クジラの エトバス 直 径 30 センチ くらい、長 さ 2 メ−トル 以上 もあります.

   雌 クジラ エトバス はおまえさんが 落 ち た ら 出 て これないよと 言って 笑われました.

       さすが は
地 球 上 最 大 の 哺 乳 動 物 です.


  夜 食美 味 かったこと 24 時間 体制 なので 食 堂 には 常時 夜食 がおいてありました.

   クジラの 
刺 身 はもちろん、大きななべに 鮭  が どっさりはいっている みそ汁

   この
は 水産会社 なので 北 洋 へ も 鮭.鱒 船 団 が 操 業 に 出ます.

   このときに
缶 詰 を 作る 際 に 切り 落とした ものだそうです.カマ には 沢山 がついておりました.

   母 船 には 作業員の中に お 坊 さん がおりました.半 年 の 間 大勢人 がいますので 病 気 をしたり、

    亡くなる
も おります.

   不幸にして 一人 なくなりました.
甲 板お坊さんお 経 をあげて 身 体 には 鯨 を 撃つモ リ

   をだかせて
に 沈める.その後 船 は 汽笛 を 鳴らしながら 3 回 旋 回 して 暗い海 に 立ち去る.

   
では 経 験 できないなんとも 悲しい思い をしました. もちろん 沈めた 地点 は 海 図 に記されます.

 
    ロシア から派遣された 検査員 一人 乗っておりました

  世界 で 小さい
クジラ は 捕らない ことになっています 一 頭 一 頭 クジラ の 体 長 を計っておりました.


  子 連 クジラ  は 捕らないように 約 束 されて いたようてす.

   しかし、撃たれてしまっては 母 船 に 引き上げる しかありません.

   回収船 に 引かれてくる 
母 親 クジラ の 後 を 泣きながら 追ってくる 子クジラ

   
母 船 に引き上げられるときには 母 親 クジラ は オッパイ海 水 が 真っ白 になるくらい

     噴 き 出 して おりました.

   今、思うと母親クジラはとつくに死んでいたはずなのになぜオッパイが出せたのかと.

   なんとなんと
 悲しい光景 か、とてもとてもつらい 思い です.今 思い出しても 涙 がでます.


  海 面 に浮かぶ 氷 山   

     

   
夕 陽 に 映える 氷 山    ビ ル の ように 大きい 氷 山    融 け かかった 氷 山


   12月から4月頃  
日本 では  ですが 南氷洋 では  です

  
南極大陸 の  がとけて 崩 れ 落 ち 氷 山 となり 海 に 漂 流 します.       

  このとき、 
海 には プラントン、オキアミ、えび 等 が 大 発 生 する

   これを 
 に クジラ が 集まってくる のだそうです.

  ご存知 のとうり
水 面 に1/5 程度 しか 見えません が ぶっかれば 沈 没 してしまいます.

  そこで
の 暗 いときは レ−ダ− なくてはとても 走れません.

  
船 団 のうちに クジラ が 居そうな方へ 移 動 します.

  あちこちに浮かぶ
氷 山レ−ダ−が 故障すると 走れないので

 
  船 団 からとりのこされてしまい 大変な こととなります.


   冷 凍 船 への お 客

 冷凍船は一万トン級の船.母船から受け取った 
クジラ の 肉 の 塊 を加工してダンボ−ル

  に詰める、内地へ帰ればすぐに出荷できる商品にしてしまいます.

また
 クジラの 皮 は厚さ10セイチ以上ある油層です.これを10センチくらいの短冊状に

  切り、塩付けして冷凍して持ち帰ります.

これの食べ方は2ミリくらいに薄く切って塩抜き湯がきます.白くちじりあがります.

 しみ豆腐を薄くしたような感じ、しかしわりとしこ〜していて酢味噌とうで食べると

なかなかうまい. 
酒 の つまみ によし.オバケ といっておりました.

 今の若い人たちは捕鯨禁止の時代ですので見たことも食べたこともないと思いますが.

ある日冷凍船からレ−ダ−の調子がおかしいので見に来てくれないかとの無線電話連絡が

 ありました. どんな故障かなと思いながら船に乗り移っていきました.

レ−ダ−を見ると特に異常はない.異常ありませんね、と言うとおかしいですね.

 2〜3日泊まって見てくれませんか、という.時々見ていたが異常はない.

後で気づきました.
 レ−ダ−の故障は名目で 船 旅 行 に 招 待 してくれたのでした

 食事では クジラ  フルコ−ス  ご 馳 走. クジラの刺身、尾の身 クジラ尾の部分

から少ししかとれない高級品、当時内地でも高級料理 屋でしか食べられなかったそうです.

 もちろん私も食べたことありませんでした.

マグロ で言えば トロ和牛でいえば 霜 降り といった感じ、毎日食べても飽きない.

 
すき焼き、バタ焼き、そしてオバケ  料理人が腕をふるってくれました

また酒を飲みながらおもしろい話も聞かせてもらいました.

 おかげさまで
海上生活 をしていながら 2〜3日の 楽しい 船 旅 ができました.



★ 器用な 作業員さんの おみやげ 作り

 マッコウクジラの 
 を使って

 
は 直 径 数 センチ、長さ 20センチ くらい

               

              市 販 で 
2 万 円  くらい

これで 
パイプ を 作ったり 、いろんな 工 芸 品 を 作くっておりました.


 牡 ( オス )  シロナガスクジラ の エトバス を 使って

エトバス は 直 径 30 センチ、長 さ 2メ−トル 以上 あります. さすがは 地 球 上 最大の

 
哺乳動物 この (ナメ) して ハンドバッグ 、バンドベルト 、そのた  細 工 品


  シロナガスクジラ の 
 ( ヒゲ ) を使って

         

      
 ( ヒゲ ) の 長 さ 1 メートル         工 芸 品


 口 の 中 の
髭 ( ヒゲ ) は しゅろの のようなものが 沢 山 重 なっておのます.

 
クジラ は 大きな 口 ( 直径 10 m ) を あけ オキアミえび一気 にほおばり この を使って 水 を

 吐き出して
餌 だけ 飲み込み ます.濾 過 装 置 です.

 この一枚一枚 を 使って
 大きな 扇 子室 内 インテリヤ グッヅ 等 を 作って おりました.



    の 上 で の   仕 事

                 

            退 屈 すると 、デッキ で  を 眺 めて おりました


   どこかの 機 器 故 障 しなければ 直 接 の 仕 事 はありません.

せいぜい
各 メ−カから 渡されてた機 器  取り扱い 説明書 を見 て 予 備 勉 強 を しているくらい.

各 船 の 無線機器 は
通 信 士 保 守 しております.

 しかし
故 障 しててこずると 母 船 にいる 私 に 無 線 電 話ヘルプ をもとめてきます.

このとき、まず 取り説 と 回 路 図 を 出してください. そして 取 り 説 の ナンペ−ジ の

 どこどこを 見 て
回 路 どの 部 分 をチェック してみてくださいと 連 絡 する.

これを 2 , 3 度 繰 り 返 してる とほとんどが
直 り ます.

 各
 の 通 信 士 さん は この 無線電話 をみな 傍 聴 していたようです.自分 の 船 で

故 障 したときの参 考 にしたいとのこと.

 私 は 電話 連絡 のさいに え〜.え〜 という
がありました.

無線電話 が 終わっ た後 、どこかの
通 信 士 さん から三 輪 さん 先ほどの 連 絡 で

 え〜.え〜 を
何 回言いましたね とひやかされ ました.

しかし 電話連絡 でどうしても 直らない ときには その 船 に
乗 り 移って いかなければなりまん.

あるとき キャッチャ−ボ−ト の レ−ダ−故 障 で乗り込みました.

               

       
母 船 から キャッチャーボート竹 篭 ( タケカゴ ) に 乗って 移る


 このときの
母 船 からキャッチャ−ボ− トへ 乗り移る 時 が 非 常 に 危 険 です.

私は 大きな
竹 篭に 乗 りウインチ で ぶらされられて母 船からキャッチャ−ボ−ト へ 渡 される.

 
キャッチャ−ボ−ト 母 船 に ぶっかったり、離れたり しております.

この
船 と 船 の 間 に 私 の が 挟まれたら 大 変 なことになります.

 受 け 渡 す
母 船 側、受 け 取 る キ ャッチャ−ボ−ト 側の 方々 それぞれ真 剣 作 業

    そのものでした.

 キャッチャ−ボ−ト へ 乗り移ると 母 船 とはちがい 大きく 揺れるの ですっか り 酔 って

しまいました.何 を食 べても、なにを 飲んでも すぐに
吐いて しまいます.

 疲れてくると、かったるく なって よく 動 け ません. また
思 考 力 も 低 下 してきます.

陸 地 なら 半 日 も あれば 直 る 故 障 でしたが 2 日 かかってしまいました.

 運 悪 く
マスト てっぺん のアンテナ の 下 に送受信部 故 障 して おりました.

マスト に 登って いかなければなりません.マスト は しぶき で で つる〜 でした.

 そのときは
無 我 夢 中 で さほど 怖 い と 思 いま せんでした.

しかし
マスト てっぺん にいた 時 に が 揺れて 傾 き海 面 が 目の前に 見えた ときは

  さすがに
びっくり しました.


  無 事、修 理  が終わり 母 船  に 帰る.

 母 船 では 
小 さ な ベットル−ム 個 室 が 与えられて おりました.

ベットの 上には 一升 ビン が 横たわって おりました. ご 苦 労 さんと いわんばかりに.
    
     
 好きな 私、疲れ は 飛んで しまいました.

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 半年 の 間 いろんなが ありましたが 今 思うと よく 直った もんだなぁ という 感じです.

人間 は いざ となると 火事場  馬 鹿 じから ではありませんが想 像 以上 の ちから

    出 る もので しょうか.




    つ ぶ し  勉 強


  半年近くの間  は十分 あると思いましたので 参 考 書 を 持ち込んでおきました.

 
英 語 の 参考書、半導体原 書 (半導体が出始めた頃でしたので英語の勉強を兼ねて)

  カラ−テレビジョン 設 計 の 参考書 等

 30 年代 
カラ−テレビ が 出 始 め 頃です.

 まだ
値 段 が よかったので 一般 の 家 庭 では数えるくらいでした.

 ある家で 
カラ−テレビ を入れたら 相 撲、力道山 のカラテ試合 が 放 映 されると

  近所 の人が 座 敷 に 集まって 見たそうです.

 テレビ の 送信装置、受信装置 は レ−ダ− の それとよく 似ております.

 時 間 は たっぷりあるので カラ−テレビ の 設 計 をしてみることにしました.

 参考書 を 見ながら 自分 の 好きな回路 を 集めて のりとはさみで 自分なり の 回路設計 が

   出来ました.

 部品表 を 作り 、部品 の 価格 も調べました.   部品 だけで 
約30万円 くらいになりました.

 当時
 私の月給が 3万円 程度 でしたので、やはり 手がとどかないことに 気づきました.

 回路図 だけが 
おみやげ となりました.    イメ−ジ 回路図  添付

              

                カラーテレビジョン の 設 計 回 路 図


   お 遊 び  お ま け


  南 氷 洋 での 操 業 を 終えて 帰 路 に つきました.

みなさん
緊 張 もとけて のんびりした 日々 を 過 ごして おりました.

 私 も
医 務 室 ドクタ− と  囲  碁  を 打つ が 多く なりました.

内 地 へ 帰 る 日 が 近づく 頃 になると さすがに 皆さん 手持ち の 
 がきれてきました

 私 も 
ドクタ− も きれました.

そこで ドクタ− 
医療用 アルコ−ル を 持ち 出して グラス に入れ 、少 し 砂 糖 入れ

  マッチ で 
をつける.

アルコ−ル の 匂い少し とれたところで 水 割 して のむ.   これでも ないよりはまし.

 ドクタ−は 
メチルアルコ−ル ではないから  はつぶれない よ といって 笑って おりました.


      約 半年間 の
船 の 上 で の 生 活  私 の 一 生 で 大きな イベント の 一つ

    
楽しい思い出 となりました幸せ      old  My HP  へ


         

       南 極 大 陸 Antarctica         ペンギン   領 有 権 を 主 張 する 国 々 の 色分 け

                 こ の ぺーじ   Top  へ


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    2014 7  9